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労働政策審議会の建議「今後の高年齢者雇用対策について」―継続雇用制度はどうかわるのか

 今年(平成24年)1月6日、労働政策審議会が、厚生労働大臣に対して、厚生労働省設置法第9条第1項第3号の規定に基づき、「今後の高年齢者雇用対策について」と題する建議を行いました( http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001zl0e.html  )。 
 本ブログでも取り上げました、昨年12月の「有期労働契約の在り方」に関する建議に続き、これも注目すべき建議といえます。

 建議は、以下の2点について、法的整備も含め所要の措置を講ずることをその内容としています。

 1 希望者全員の65歳までの雇用確保措置 
 2 生涯現役社会の実現に向けた環境の整備

 このうち、1の「希望者全員の65歳までの雇用確保措置」に関して、建議の内容を、補足しながら、わかりやすく紹介しておきたいと思います。そして、単なる紹介にとどまることなく、法改正後にも生じることが予測される「交渉決裂ケース」について、私見を発表しておきたいと思います。
 建議の全文を把握されたい方は、下記URLにアクセスしてください。

 ご存知の方も多いと思いますが、現在の高齢者雇用安定法(正確な名称は、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S46/S46HO068.html )は、その第8条で「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、60歳を下回ることができない。」と定めています。

 この法定定年年齢(60歳)を65歳に引き上げて継続雇用を実現すべきであるという意見もありうるところですが、建議では、
(1) 直ちに法定定年年齢を引き上げることは困難である。この問題に関しては、……中長期的に検討していくべき課題である。
として、いわば「見送り」となっています。

 現行制度においても、高年齢者雇用確保措置として、定年年齢を65歳としている会社もありますが、ほとんどの企業は「継続雇用制度」を導入していると思われます。その根拠となっているのが、高年齢者雇用安定法第9条です。

第1項 定年(65歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
 ①  当該定年の引上げ
 ②  継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
 ③  当該定年の定めの廃止
第2項  事業主は、当該事業所に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、前項第2号に掲げる措置を講じたものとみなす

 上記第9条第2項は、事業主が「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」(いわゆる「対象者基準」)を定めることを許容しています。 現在の実務では、この条項に基づき、継続雇用の対象を限定的にしていることが多いです。
 建議は、この点に触れ、
(2) しかし、現行制度では65歳までの希望者全員の雇用を確保することとなっていない。これにより、2013年度からの老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げに伴い、無年金・無収入となる者が生じることのないよう、……雇用と年金を確実に接続させるため、現行の継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は廃止することが適当である。
と提言しています。ただし、(2)に関して、
就業規則における解職事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する者については、〔希望者であっても〕継続雇用の対象外とできるとすべきである(この場合、客観的合理性と社会的相当性が求められると考えられる)。  ※〔〕部分は私が補記
と述べており、「何が何でも継続雇用の対象となる」と言うわけではなく一部の例外を認めています。
 また、対象者基準の廃止という基本的な立場に対して、
使用者側委員から、①現行法9条2項に基づく継続雇用の対象者基準は、……安定的に運用されていることや、基準をなくした場合〔つまり、希望者全員が継続雇用の対象となるとすると〕、若年者雇用に大きな影響を及ぼす懸念があるから、引き続き当該基準制度を維持する必要がある、②仮に、現行の基準制度の維持が紺案な場合には新しい基準制度を認めるべき、との意見が出された  ※〔〕部分は私が補記
ことから、
(3) 老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の段階的引き上げを勘案し、雇用と年金を確実に接続した以降は、できる限り長期間にわたり現行の9条2項に基づく対象者基準を利用できる特例を認める経過措置を設けることが適当である
とも述べています。一定の経過措置がとられることになると思われます。
 なお、継続雇用の受け入れ先に関しては、
(4) 同一の企業の中だけでの雇用の確保には限界があるため、〔当該企業に限られず、〕①親会社、②子会社、③親会社の子会社(同一の親会社を持つ子会社間)、④関連会社など事業主としての責任を果たしていると範囲  ※〔〕部分は私が補記
に拡大すべきとしています。確かに、これは一定の規模を持つグループ企業には有効ですが、中小企業の多くは、その"恩恵”を受けにくいように思われます。
 制裁や罰則に関しては、
(5) 全ての企業で確実に措置が実施されるよう、指導の徹底を図り、指導に従わない企業に対する企業名の公表等を行うことが適当
とされています。
 その他、政府の責務についても提言していますが、基本的には上記以上のことは提言されていません。例えば、継続雇用する場合の労働条件は定年を迎える前と同一でなければならないといったようなことは書かれていないわけです。

 具体的なケースとして、対象者が継続雇用を希望した場合に、会社も継続雇用を前提に一定の労働条件を示したときに、対象者が「その条件は嫌です。」といって交渉が決裂した場合はどうなるか、私は、この点が実務的に非常に重要な問題であると考えています
 この問題に対する直接的な解答を、上記建議は与えてはいないと考えられます。

 そこで、現段階における私の意見を簡単に述べておきたいと思います。
  1.  まず、法律が改正されたとしても、「継続雇用をする際に、その労働条件は定年前と同一でなければならない」という規定は置かれないと思います。というのは、そのような規定は、実質的には、上記建議にて見送られている「法定定年年齢の引き上げ」にほかならないからです。

  2.  そうすると、会社が強いて「継続雇用後の労働条件は同一とする」といった就業規則等を定めていない限り、原則として会社には、同一の労働条件で労働契約を締結する義務はなく、労働条件を決定する自由(裁量)があると解すべきです。

  3.  つまり、継続雇用を希望する労働者が、会社が提示した労働条件を拒否して、結果的に継続雇用契約が成立しなかった場合でも、会社は継続雇用義務を果たしているとして、会社の行為が無効とされ(労働者の希望する労働条件での継続雇用契約が成立し)たり、不法行為になったりすることはないと考えるべきであると思っています。

  4.  もっとも、会社が提示する労働条件が(相対的又は絶対的に)あまりに低すぎる場合、労働者との交渉が非誠実であるなど手続的に問題がある場合等は、実質的にみて会社が法の要求する継続雇用義務を果たしていると評価しえず、会社の行為が裁量逸脱ないし権利濫用であるとして、違法無効とされ(労働者の希望する労働条件又は一定の合理的な労働条件での継続雇用契約が成立し)、不法行為を構成することになると考えられます。

  5.  紛争になり、裁判所が、上記3なのか4なのかを決する場合には、会社が提示した労働条件はどういう内容であったのか、他方労働者が提示した労働条件はどういう内容だったのか、当該労働者がそれまで受給していた給与の額や将来受給する予定である年金受給額、会社と労働者との交渉経過、他の継続雇用者との比較、継続雇用制度の運用状況や慣行、会社の経営状況等が考慮要素になると考えられます。

  6.  したがって、会社側は、労働者に提示する労働条件は、上記5の考慮要素に気をつけながら決定することが望まれます。そして、労働者との交渉は、面談するとしても書面も併用し、万が一紛争となった場合に備えて証拠化しておくのが望ましいと考えられます。

  7.  一点補足説明しておくと、私は、労働条件で交渉が決裂して労働契約が成立に至らなかった場合には「解雇権濫用法理の類推適用」ないし「雇止め法理」による判断枠組みは適用されるべきではないと考えています。というのは、(実質的に「継続雇用の拒否」と評価できる労働条件を提示している場合は別として、)会社側は雇用契約の締結自体を拒否しているわけではないからです。上記の法理による判断枠組みのような厳格な判断はなじまず、一定の合理的な労働条件を提示したにも労働者側が承諾しなかったのであれば、何ら違法ではないという緩やかな判断をすべきであると考えています。

 以上の点は、反論が十分にあり得るところですし、私の個人的な見解にすぎません。この点は、現行制度下における現在の裁判例に関する検討を含めて、別の機会に記事として取り上げられたらと思います。

 なお、会社側の意思表示及び労働者側の意思表示のどちらを、「申込み」「承諾」と解するかについて、私なりの見解をまとめているところです。これもまた、別の機会に発表できたらと考えています。