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【労働判例】 オリンパス事件・東京高裁平成23年8月31日判決

 昨年の12月のメールマガジンにて、労働事件の方の「オリンパス事件」を取り上げました。
 その際に、

 「今回の事件の発端は、そもそも、オリンパスコンプライアンス室が、Xからの通報を、「通報者がXであること」を秘匿せず、通報対象であるCやDに開示してしまったことにあるように感じます。「飛ばし」の事件といい、今回の事件といい、良識や倫理による内部統制の機能不全という点でつながっているように感じてしまうのは僕だけでしょうか。」

という形で締めくくらせていただいていたのですが、先日(今年1月27日)、東京弁護士会オリンパスに対して警告を発しました。
 この警告文については、東京弁護士会のサイト上で公表されていますが、要旨としては、「相手方会社の従業員であった申立人は、相手方社内において顧客会社からの不適切な従業員引抜きをしようとしていることを知り、相手方内の内部通報窓口に通報した。すると、当該通報窓口担当者は、申立人が当該通報を行ったことを相手方社内の関係者に漏洩した。その後、申立人は、通報を行ったことに対する報復として、全く経験のない部署へ異動させられ、異動先において、社内外の関係者との全面的接触禁止、不明確かつ達成できない業務目標の設定、月次面談等における申立人に対する不適切な言動、著しく低い人事評価の継続などのパワーハラスメントを受けた。相手方における、上記情報漏洩、不当な動機・目的による配転命令、配転後の一連のパワーハラスメントが、いずれも申立人のプライバシー・人格権を侵害するものとして、相手方に対し警告を発した事例。」として纏められています(http://www.toben.or.jp/message/jinken/)。
 この警告文をみてみますと、やはり、Xによる通報の事実を開示してしまったことが第一に問題視されています。

 現在、訴訟の方は、オリンパスが上告中であり、東京高裁の判決は確定しておりませんので、今後も注目されるところです。そこで、改めて、オリンパス事件について、私の感想とともに記事を載せておきたいと思います。


1.事件の概要(配転命令に関する判断枠組み)

 平成23年8月31日、東京高裁は、オリンパスが従業員に対してなした配転命令を「人事権の濫用」とする判決が出しました。
 この事件は、オリンパス株式会社の従業員Xが、自己が受けた配転命令は、同会社の事業部長Cや販売部長Dらの取引先企業からの従業員の引き抜き行為について同会社のコンプライアンス室に通報したことなどに対する報復としてなされたものであると主張して、会社に対して配転先で勤務する義務がないことの確認などを求めたものです。
 上記東京高裁判決は、昨年平成22年1月15日に出された東京地裁判決(同判決は、人事権の濫用には該当しないとしていた)と異なる判断を示しました。

 今回の事件で主たる問題となったのは、配転命令の評価です。東京高裁も東京地裁も、同じ判断枠組みを用いており、違いはありません。
 いわゆる東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決・労判477-6)で最高裁判所が示した下記の判断枠組みです。
 「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである」。
 そして、業務上の必要性については、「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである」。

 この判断枠組みは、以下のように整理できます。

(1) 原則として、会社は、業務上の必要に応じ労働者の勤務場所を決定することができる。
(2) 例外的に、特段の事情の存する場合は、権利の濫用として許されない。
(3) 特段の事情としては以下のような例が挙げられる。
 ① 業務上の必要性が存しない場合
 ② 業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき
 ③ 業務上の必要性が存する場合であっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
(4) なお、(3)の業務上の必要性は、余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定されない。


2.第一審・東京地裁判決(東京地裁平成22年1月15日判決・判時 2073号137頁)
 上記判断枠組みを前提に、東京地裁は、オリンパス株式会社の従業員Xに対する配転命令には業務上の必要性があり、他の不当な動機・目的をもってなされたものではない旨の判断を示し、Xの請求をいずれも棄却しました。


3.控訴審・東京高裁判決(東京高裁平成23年8月31日判決・判時 2127号124頁)
 東京地裁の審理は、1回目の第1配転命令のみが審理対象とされていましたが、会社は、口頭弁論終結後の平成22年1月1日付けで、第2配転命令を出し、さらに、東京高裁で審理中に、第3配転命令を出し、次々とXに異動を命じました。
 そのため、従業員X側が、審理対象を変えるため、訴えの変更の申立てを行いました。
 東京高裁は、これを受けて、第3配転命令の効力を判断する前提として、第1配転命令及び第2配転命令も判断しています。
 東京高裁は、詳細な事実認定を行ったうえで、
 ① 第1配転命令は業務上の必要とは無関係になされ、動機において不当なものであり、第2配転命令及び第3配転命令も第1配転命令の延長線上で、同様に業務上の必要とは無関係にされたものである
 ② 異動を命じる対象としてXを選択したことには疑問がある
 ③ いずれの配転命令もXに相当な経済的・精神的不利益を与えるものであること
等と判断し、いずれの配転命令も人事権の濫用であるというべきであるとし、東京地裁の判決を変更しました。


4.意見・感想
 今回の事件について、個人的に注目している点は、下記の点です。


(1) 第1配転命令につき係争中であったにもかかわらず、第2配転命令(東京地裁での判決の直前)、第3配転命令(東京高裁での審理中)と次々と配転命令を出してしまったこと


(2) 第2配転命令後、Xに課された業務は、①今まで経験したことのなく基礎的知識もない分野に係る顕微鏡の規格の和文英訳、②(①が時間内に遂行することが不可能であったためその業務を取り上げられ)『X君教育計画』と題する書面を交付され、顕微鏡に関する新人用テキストを読み込んで勉強し、時々確認テストを受けるというものであったこと


(3) 第3配転命令後、Xに課された業務は、『Xさん教育計画』と題する書面を交付され、新入社員向けの初歩テキストの独習と毎月末の確認テストを受けるというものであったこと


 上記の事実は、東京高裁が、証拠に基づいて認定した事実です(真実かどうかはわかりません)。いずれも会社側にとって不利な事実として評価されています。
 この評価自体は、何ら不自然ではなく、会社側としても、東京高裁に「50歳となった控訴人〔X〕に対する侮辱的な嫌がらせ」と評価されてしまうことは十分予測できたのではないかと思うのです。
 にもかかわらず、訴訟継続中になぜ上記のような配転命令を行い、上記のような業務を課し続けてしまったのでしょうか。東京高裁に不利な評価をされてしまうリスクについて十分な検討がなされていたのか、疑問が残ります。
 もしかしたら、現場レベルで情報がとまっており、会社の法務を担当する部署にまで情報が上がっていなかったのかもしれません。そして、会社側の代理人として訴訟を担当している弁護士も、配転後どのような業務を課すのか、課しているのかという点まで把握していなかったのではないかと推測されます(具体的な業務内容を把握していればストップをかけていたと思われます)。


 近時、パワハラやセクハラ等の問題を含め、会社内部の不祥事に対する対応という点が、労務管理上も重要となっております。
 従業員側から申し出があった場合には、会社は、まず、調査することが望まれます。会社(使用者側)は、一般に「職場環境の調整配慮義務」を負っていると解されているからです。調査をしたうえで、適切な措置を講じなければなりません。
 過去の裁判例(セクハラの事件)においても、「専務らは、早期に事実関係を確認する等して問題の性質に見合った他の適切な職場環境調整の方途を探り、いずれかの退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でないところがあった……以上のとおり、専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠〔った〕」と指摘されたり(福岡地裁平成4年4月16日判決・判時1426号49頁)、「会社は、X〔労働者〕や支店長に機会を与えてその言い分を聴取するなどして、Xと支店長とが特別な関係にあるかどうかを慎重に調査し、人間関係がぎくしゃくすることを防止するなどの職場環境を調整すべき義務があったのに、十分な調査を怠り、上司らの報告のみで判断して適切な処置を執らず、……職場環境を調整する配慮を怠った」と指摘されている(静岡地裁沼津支部平成11年2月26日判決・労判760号38頁)ところです。
 
 調査に際しては、公平性を保つため、当事者の利害関係人や同一所属部署の者以外の者であったり、外部の弁護士が担当することが望ましいといえます。
 また、申し出た労働者に配慮する必要もあります。申し出た者に対して、不当な扱いがなされないように、申し出の事実を秘匿する必要性についても検討しなければなりません。
 調査の原則的な流れとしては、①当事者双方から事実関係を確認する、②事実関係に不一致がある場合には、第三者からも事実関係を聴取する、③事実関係が確認できない場合は、当事者双方に社外の中立な第三者機関に紛争処理を委ねることを勧めるということになると考えられます。
 仮に事実関係が確認できた場合には、それに応じて適切な措置も講じなければなりません。

 以上のとおり、パワハラやセクハラの問題は、(ひょっとすると、なかなか弁護士に相談しづらい事項なのかもしれませんが、)早期に対処すべき法的問題であること、しかも放置すると問題が大きくなる可能性も孕んでいることに十分留意していただきたいと存じます。