軌跡

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「継続雇用と労働条件」に関する一私見

1 はじめに

 前回の私の記事では、高年齢者雇用安定法の改正にかかわる建議についてご紹介いたしました。

 その際、「継続雇用をする際に、労働条件の合意ができず、結果として継続雇用に至らなかった」というケースに関し、私見も述べさせていただきました。

 実は、この問題は、現行の高年齢者雇用安定法の中でも問題となるケースです。そこで、この問題について今回はさらに丁寧に私見をまとめてみたいと思います。

 

2 問題の所在

 まずは、事案を設定します。

 

60歳定年制のX株式会社に勤める正社員Yさん。Yさんは、60歳を迎え、定年退職することになりました。もっとも、Yさんは、X社が就業規則に定めている継続雇用制度に沿って、継続雇用を希望しました。

Yさんは、就業規則に定められた継続雇用対象者基準を満たすのですが、X社は、継続雇用する者の雇用形態は契約社員就業規則で定めており、Yさんに対しても期間を1年とし(更新前提)、契約社員として採用する旨打診しました。

ただし、その労働条件は、他の契約社員の平均月給(手取り18万円)やYさんが継続雇用後担当する業務の内容や時間を考慮したうえで、手取り18万円を提案しました。

 

Yさんとしては、定年退職直前の平均月給(手取り30万円)を基準とすると大幅に下がることから、納得しかねるということで、X社に対して、条件を上げるように求めました。

X社とYさんは、何度か面談をし、交渉をしたのですが、結局条件の点で折り合えませんでした。

Yさんは、X社が継続雇用を拒否したとして、X社に対して地位確認請求、賃金支払請求及び損害賠償請求の労働審判の申立てをしました。

 

 このような事案で、Yさんの請求について、どのように考えたらよいでしょうか。

 

 確かに、Yさんの給料が40%も減額されてしまいます。ただ、業務内容や時間からしたら不相当ともいえないのであれば、会社が提示した条件も合理性があると考えられますよね。それに加えて、例えば、このX社の経営環境は厳しく、定年退職者を継続雇用しないという訳にはいかないもののその労働条件はかなり低いものを提案せざるを得ないという事情があるとしたら、ますますX社に言い分があるように思われます。

 

 この継続雇用の問題は、会社の経営に大きな影響を及ぼす問題(若年者雇用の妨げになる等も議論されていますよね)であり、何が何でも継続雇用、とりわけ労働条件も下げてはいけないという考えは、究極的には、会社経営を逼迫させ、今まさにその会社に勤められている労働者全員の雇用さえを失う危険性を帯びております。

 このような考え方から、(私も継続雇用を安易に拒否していいとまでは全く思っておりませんが、)せめて、使用者側に、労働条件を柔軟に決定できる強い裁量が認められてしかるべきなのではないかと考えています。

 

3 政府見解及び裁判例

 政府や裁判所はどう考えているのでしょうか。

 

 厚生労働省は、ホームページ上で「改正高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」を公開しており、下記のような見解を示しています。http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/ 


Q8 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。

A8 改正高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

 

 つまり、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示しているかどうかがポイントということになります。

 

 裁判所はどうでしょうか。2つの裁判例を紹介いたします。 

  • 西日本電信電話定年制事件控訴審判決(東京高裁平成221222日判決・判時2126-133)では、「同法〔雇用安定法〕912号の継続雇用制度は、年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保という同法の目的に反しない限り、各事業主において、その実情に応じ、同一事業主による継続雇用に限らず、同一企業グループ内による継続雇用を図ることを含む多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解される。また、賃金、労働時間等の労働条件についても、労働者の希望及び事業主の実情等を踏まえ、各企業の実情に応じた労使の工夫による多様で柔軟な形態を許容するものと解される」と判示されています。
     そして、同判決では、労働者側の「最大3割の賃金削減は労働者に著しい不利益を課すものである」との主張につき、①激変緩和措置が存在する、②会社においては人件費の削減を含むコスト構造の見直しなど経営合理化が必要であった、③労使の利害を調整した上で本件制度導入が合意された、④本件制度は、必ずしも従前と同一水準の賃金を確保することまで要求されるものではないことを勘案し、「賃金水準が被控訴人〔労働者〕在職時より下がることをもって同一労働・同一賃金の原則に反するとはいえない」として斥けています。

  •  NTT東日本事件控訴審判決(大阪高裁平成221221日判決・労経速2095-15)においても、「高年雇用安定法912号の継続雇用においては、高年齢者の60歳以降の安定した雇用を確保するための措置を講じることによって、年金開始年齢までの間における高年齢者の雇用を確保するとともに、高年齢者が意欲と能力のある限り年齢に関わりなく働くことを可能とする労働環境を実現するという、同法9条の趣旨に反しない限り、各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解すべきものであり、上記継続雇用によって確保されるべき雇用の形態は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用であることを要せず、従業員の希望や事業主の実情等を踏まえた多様な雇用形態を含むと解するのが相当である」とされています。
     そして、同判決では、労働者側に「再雇用型を選択した従業員が転籍先の地域会社で受領する賃金は、転籍前の賃金から20ないし30%ダウンする」等の不利益があることを認定しながらも、会社が「安定した経営の継続が危ぶまれる状況」であったことから、労働者側に課せられる「本件不利益は、その必要性や合理性が認められる以上、再雇用型が本件不利益をその内容とするからといって、これが高年雇用安定法の継続雇用制度の趣旨に反するものと認めることは躊躇せざるを得ない」としました。

 

4 私見

 これらの裁判例においては、「裁量」というワードは用いられておりません。

 上記東京高裁判決の「賃金、労働時間等の労働条件についても、労働者の希望及び事業主の実情等を踏まえ、各企業の実情に応じた労使の工夫による多様で柔軟な形態を許容」という表現からは、裁量が認められるのか不明瞭です。

 他方、大阪高裁の判決は、「各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容している」と表現しており、使用者サイドの裁量を前提にしているように感じます。

 私としては、大阪高裁の判決の方にシンパシーを感じますし、さらに進めて明示的に「裁量」を認めるべきであると考えています。

 もちろん、使用者側に裁量が認められるとしても、無制限に許されてはいけませんので、上記判例が行っているように、①その労働条件により労働者が被る不利益と、その労働条件を示す必要性や合理性との利益衡量(具体的事実を検討しながらどっちに天秤がふれるか)、②手続面(交渉過程)についても労使間の交渉を踏んだかどうかという方法で、使用者側の行為が許容されている裁量の範囲から逸脱しているか否かを判断すればよいのではないかと考えています。

 使用者側の代理人となったら、裁判所に対して、しっかりと主張していきたいと思っています。

 

 今後、高年齢者雇用安定法が改正され、希望者全員が継続雇用されるようになったら、ますます使用者側から提示する労働条件は低くせざるを得ない状況になりますので、「継続雇用と労働条件」に関する問題が今以上に増えてくるでしょう。

 使用者としては、まず、自らが提示する労働条件について、その合理性及び必要性をしっかりと労働者にプレゼンし交渉していくことが(後々紛争となった場合には、裁判所に対して説得的なプレゼンをしなければならないという観点からも)大切だと思います。